高橋和司 戦略 Blog

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zoom RSS 戦争研究大学 その1

<<   作成日時 : 2005/08/21 02:28   >>

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序論:日本の高等教育における軍事教育の必要性
 現在、日本には存在しない軍事科学・安全保障学の専攻の学部を、今こそどこかの大学に創設するべきときではないだろうか。その社会情勢的背景には戦後一貫して日本の軍事情勢は、周辺諸国の国際事情により木の葉のように翻弄(ほんろう)され続けてきたという不安があり、それが米ソ冷戦の終結以降ますます激しくなってきた、ということと、日本の一般国民にもその不安が認知され始めたことを挙げたい。
 なお、軍事科学と安全保障学とでは理系と文系ほどの違いがあるという意見があるのだが、ここではどちらも軍事について扱うという側面から、両者を一括することとする。

本論
1.日本の一般大学で軍事・安保専攻の学部・学科がないこと
 iii.の「第二次世界大戦後」を見ていただければわかるが、大学院レベルではそのような教育が始まったが、大学院レベルでいいのか、それとも学部レベルで学べる体制を作るべきではないのか、この辺の検討を交えながら、歴史と現状を考えたい。
i.第一次世界大戦前
 日本の歴史的経緯を語る前に、なぜ欧米ではシビリアンによる軍事学の教育が行われているのかについて検討したい。
 ヨーロッパにおいても第一次世界大戦前においては、すでに列強間の相互依存の深化や武器の発達で、その地において戦争は起こりえないものとされていた。しかし1914年7月、オーストリア=ハンガリーの皇太子夫妻暗殺事件を発端とした外交危機において、オーストリア=ハンガリーとセルビアの強硬姿勢から始まった欧州列強の動員合戦に対して、相互依存も戦争が起こったときに予想される惨禍についてもこの流れを止めることはできなかった。結局、戦争が始まった場合にスピードを優先した動員・作戦計画を立てていたドイツが貧乏くじを引く形でロシア・フランスに対して宣戦布告をした。ここに始まる玉突き状態で、ヨーロッパのほとんどの国が戦争に巻き込まれてしまった。
 ヨーロッパを中心に行われたこの史上最大規模の大戦争たる第一次世界大戦は、予想できた通りの大惨禍を引き起こし、あまりの破壊度と膨大な死者数(特にそれは一般国民をも巻き込んだが、エリート層の一世代をまるまる失ったという悲観的な見方が参戦各国で噴出した)を出した被害のおかげで、さすがに近代人を自称していたヨーロッパの西洋人もかなり深刻になってしまった。これに対して、「なぜ戦争が起きるのか」もしくは「どのようにすれば戦争の発生を防げるのか」という疑問が大戦の参戦諸国を中心に生じた。
 なお、日本については、第一次世界大戦には本格的に参戦せず、戦争の悲惨な現状というものを身にしみて経験できずにいた(最も、日露戦争の、特に旅順要塞攻略戦の場面では、第一次世界大戦の原型ともいうべき人的消耗があったが)。
ii. 戦間期
 その戦争の根源と根絶に対する答えを探し出す目的で、ヨーロッパの各国で、一般大学において戦争の根源や発生原因、歴史などについての教育が始まった。戦略学で有名なB・H・リデル・ハートは、第一次世界大戦に将校として参戦し、奇跡的に生き延びたが、戦後はアカデミックの道に進み、まさにこの問題に取り組む過程で「間接アプローチの理論」という、戦略学的に名高い理論を生み出した。
 そのほか、英仏独といった諸国の大学で、戦前は軍が握っていた戦争理論の問題をアカデミックの世界に持ち込み、その過程で一部は現代につながる「平和学」をも生み出した。
 しかし日本はというと、第二次世界大戦前においては、軍事研究は軍部による「統帥権干犯」の問題でシビリアンが扱える問題ではなかったし、また扱うべき問題であるとも見なされなかった。それでも大正時代までの日本で、軍事的に大きな破局がなかったのは、明治維新を生きてきた元老の存在によるものが大きい。しかし彼らもまた、後進の政治家にその貴重な体験を語り継ごうとはしなかった。ここでは文民政治家が軍事知識を持たなかったことと、満州事変や日支事変、大東亜戦争への道のりとの関連はあえて問わないことにする。
 しかし、その平和研究は次の戦争を食い止めることができなかった。主に挙げられるのが、英仏の平和主義的態度である。
iii.第二次世界大戦後
 そして第二次世界大戦後、日本は第一次世界大戦のヨーロッパとは別の意味で悲劇的な受難を受けた。そこから我々が生み出したのはヨーロッパ人のような「疑問」ではなく、この悲劇を二度と味わってはならない、という「教訓」であるのが日本の実態であった。ここから平和教育というものが導き出され、本来は対立概念ではないはずだが、平和を守るためには国民の目を軍事一般からそらさなければいけないという結論による軍事研究の空白で、第一次大戦後の欧州に見られるような、(軍歴はあるが)シビリアンの学者による軍事研究の伝統が生み出されることはなかった。
 このような戦後日本は、日本国憲法の制定で軍事とは無縁である、少なくともあるべきだという法解釈が主流となった。戦時中の悲惨な体験を実感しているものが世間の多数派であった戦後初期は、理論的な平和教育というより、情緒的な反戦感情の中で教育を受けていった者が多数を占めていた。しかし戦後のそのような教育を受けた者が長じるころには、彼らは高等教育を受けるのが一般的となり、理論的・情緒的の両面で平和教育に染まるようになった。学界の主流は平和教育であり、別にこれと矛盾するわけではないのだが、平和思想によって、軍事研究に空白を生じ、戦後長らくシビリアンの学者による軍事研究は存在しないという結果を生み出した。
 代わりに戦後日本において行われた軍事研究は大別すると、日本の独立回復後に設置された防衛大学校におけるもの(防衛庁防衛研修所によるものを含む)と、一般人の軍事趣味に二分されるのである。前者の防衛大学校は創設当時は「税金ドロボー」呼ばわりされたし、後者の一般人による軍事趣味も日陰者の存在に過ぎなかった。
 防衛大学校の専攻は、当初は工学部の単科大学といった趣であり、昭和49年になって文系の専攻ができたものの、主流は理工科である。ちなみに現在の防衛大学校の学科編成は、工学系11学科に対して、文系3学科という構成になっている。このことは日本の軍事研究がハード志向になっていることと関係あるかもしれない。現役の自衛官や主に退役自衛官からなっている軍事評論家といわれる日本の軍事研究を担当している層が、防大出身であるが故に、そう推測をしてもいいのではないかと思う。
 日本の自衛隊関係者以外の国民による軍事趣味というか研究は、こちらもまたハード志向に偏っているといって差し支えない。地味な戦史研究や専門的な戦術の研究、それと反対に政策志向の非常に強い戦略研究というのは、先に述べたヨーロッパにおける経験から生まれた問題意識なしには打ち込むのが難しいのではないか。それに比べて、目に見えるハードの研究は、軍事機密という壁に阻まれながらも、見た目に派手で一般受けすることから、極めて細い流れながらも、脈々と続いていたに違いない。それに情報を提供したのが、恐らくは防衛大学校出身の現役・退役自衛官らによる、軍事趣味雑誌・書籍ではなかろうか。
 ごく少数の国際政治学者が、あくまでも政治的側面から軍事・安保問題を取り上げることはあったが、それは平和第一の学界の中に太い流れを生み出すには至らなかったのであった。しかし、その少数の学者たちによる努力が実を結んで、日本の一般大学では冷戦末期ごろになってごく少数の国際政治を扱う学部・学科で安全保障学の講座を開設するところが現れてきた。その主流は、国際政治の研究のためにアメリカに留学し、Ph.D(博士号)を取得して帰国した学者で、それまでならば、防衛大学校や防衛研修所に引き取られていた人材である。シビリアンによって(非軍事中心を建前としていたとはいえ)安全保障論が講義されるということは、あくまでも今まで軍事研究を担当していた頭脳集団である防衛大学校や防衛研修所の人的蓄積は全く無視されてきたというわけである。その意味では一般大学の安全保障論はあくまでも「政治的」な学問として扱われてきたことを意味する。この人的交流のなさ故に、一般大学では今に至るまで軍事学の講座が存在しない。 この知的空白故に、日本の軍事研究は完全に趣味の一分野と認識されているのである。そして日本人の軍事研究が政策科学志向にならず、それゆえマスメディアや研究所を含めてそのような学問に対する需要が日本には発生しない(不必要という意味ではなく)のである。この空白が軍事研究がハード志向に偏る一因ではないか。

(しかし)重要なことは、軍事力・軍事技術を単なるミリタリー知識として蓄えるだけではなく、安全保障の「政策学」として学ぶことです。例えばEUが中国に武器禁輸を解除しようとするとき、また米国が台湾にイージス艦を売却しようとするとき、どのような政策的意図を持ってこれらの事象を理解するか。また、韓国に駐留する米軍を大規模に削減するといった場合、それが地域情勢にいかなる影響を持つか・・・等々がミリタリーそのものの知識よりはるかに重要なわけです。(引用元;http://web.sfc.keio.ac.jp/~kenj/security/ ブログ『安全保障論ノススメ』平成17年6月18日更新)


 再び政治学系統の話に戻すが、現在のところ一般大学の国際政治学的な安全保障研究の拠点としては、学生の数の多い学部ではなく、専門教育を担う安全保障専攻の大学院のマスターコース(一部ドクターコース)に設置されている。その例としては、平成9年にできた防衛大学校の専攻科と、今年創設された拓殖大学の国際協力学研究科安全保障専攻である。後者は一般の大学院同様に学生を受け入れているが、防衛大学校の方は、マスコミ関係者や政府・自衛隊関係者を組織から学生を募っている閉鎖的な組織である。
 また、安全保障の専攻を持っているというわけではないのだが、平成2年に創立された青山学院大学大学院国際政治経済学研究科国際ビジネス専攻(現在は「国際政治学/経済学専攻」と改組された)は、実はこのような研究の草分け的存在で、自衛官や防衛研究所の所員を積極的に受け入れ、国際政治学を彼らに授けた実例がある。なお、ここの学部組織である、国際政治経済学部は来年度から、学科の所属とは別系列のコース制の中に、安全保障コース(仮称)が生まれることになっている。どうやら、これが日本初の学部レベルにおける安全保障専攻の教育を行うことになる。ここで果たして防衛大学校で行われているような軍事学の教育も行うのか、あくまでも国際政治学の一環としての安全保障学にとどまるのか、興味深いところである。

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